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旧佐原銚子街道5_香取ー小見川

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 ◆旧佐原銚子街道_香取-小見川 2026年2月20日(金)小雨 (1)香取駅【11:50】 (2)分岐点【11:44】 旧街道はここから再開。 (3)三峯神社【11:41】 本社は埼玉県秩父市の三峯神社。江戸時代以降、関東周辺を中心に災難除けの信仰として「三峯講」が全国に広まり、分社化され、各地に三峯社や三峯神社が点在している。 (4)地蔵堂【11:25】 (5)県道津の宮架道橋【11:23】 上を通っているのはJR東日本の鹿島線。成田線は写真の左側を走っている。 (6)玉田神社鳥居【11:18】 街道風景 (7)長屋門【10:50】 (8)道路元標【10:47】 (9)小祠【10:42】 (10)水郷駅【10:28】 駅舎の左側は「地域のコミュニティプラザ・談話室」となっているが、確認したところ、今は使用されてないようにも思えたのだが? 街道風景 (11)三ノ分目大塚山(さんのわけめ おおつかやま)古墳【10:06】 全長123mの前方後円墳。5世紀中頃の築造。 (12)熊野神社【10:01】 (13)石碑&道路元標【9:57】 街道風景 一部の歩道部分では、側溝蓋に緑の苔状のものがこびり付いていて、雨中の歩行は慎重にならざるを得なかった。 街道風景 (14)石碑【9:45】 (15)「飯沼観世音江七里」石碑【9:43】 街道風景 (16)諏訪大神【9:37】 街道風景 (17)地蔵堂【9:17】 墓地の横。 (18)正一位富松稲荷大神【9:12】 (19)初代松本幸四郎墓所入口碑【9:12】 初代松本幸四郎は、延宝2年(1674年)下総国香取郡小見川の島田家に生まれ、元禄年間に江戸の久松多四郎に入門して、「久松小四郎」と名乗り女形を務めていた。墓所はここに示された小見川の善光寺と、東京都文京区の栄松院にある。 (20)黒部川大橋【9:11】 (21)染織処谷屋【9:08】 (22)分岐点【9:05】 旧街道は一旦ここで終了。 (23)小見川駅【8:58】 以上 **〖 前画面に戻る 〗   **〖 メインメニューに戻る 〗 

鹿島神宮 参拝

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◇鹿島神宮 参拝 2026年3月17日(火) 旧佐原銚子街道を歩く途中で鹿島神宮に参拝した。 鹿島神宮は、古文書では神武天皇元年(紀元前660年)の創建と伝えられている。近代まで「神宮」と呼ばれていたのは、伊勢神宮、香取神宮、そして鹿島神宮の三社のみで、由緒と歴史の長さでは別格の存在。日本全国に約600社ある鹿島神社の総本社。 なお、「神宮」の社号を付されている神社は、天皇や皇室の祖先を祀るなど、皇室と特にゆかりの深い神社に限られている。 茨城県鹿嶋市は、1995年(平成7年)9月1日に鹿島郡鹿島町と大野村が合併(編入合併)して誕生した。その時に、佐賀県鹿島市との混同を避けるため、「島」を「嶋」に変更し「鹿嶋市」となった。だが鹿島神宮や鹿島アントラーズは「島」が使われている。 (1)鹿島神宮駅 (2)神宮坂 (3)塚原卜伝(つかはら・ぼくでん)生誕の地(神宮坂の途中) (4)鹿島アントラーズの碑 (5)鹿島神宮 楼門(ろうもん) 「令和の大改修」の一環で工事中。2026年の御船祭(みふねまつり)までに完了予定。 (6)マンホール蓋 茨城県鹿嶋市 市の鳥「キジ」の雌雄(手前が雄)と市の木「マツ」、市の花「ハマナス」が描かれている。 茨城県鹿嶋市 鹿嶋市をホームタウンとするJリーグ鹿島アントラーズのチームエンブレムをデザインしたマンホール蓋。「アントラー」とは鹿の枝角のこと。鹿嶋の地に古くから鎮守する鹿島神宮の鹿にちなんでいる。 以上 **〖 前画面に戻る 〗   **〖 メインメニューに戻る 〗