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旧結城街道2ー2_下館

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 ◆旧結城街道 下館 2026年5月28日(木)晴れ 下館駅から横島交差点の区間は、日程の都合で歩いていなかったので、今回改めて歩いた。 なお、分岐点(7)から分岐点(14)の区間は、旧下妻街道と重なる区間となっている。 (1)ヨークベニマル前バス停【13:22】 (2)分岐点(横島交差点)【13:24】 ここから、この先の旧結城街道に繋がる。 街道風景 街道風景 (3)分岐点【13:36】 (4)分岐点【13:38】 (5)道標【13:40】 なぜか「旧水戸街道」の表示。並行しているJR線(小山-下館―水戸)の呼称が「水戸線」なので、街道もそう呼びたい気持ちはわかるが・・・言うまでもなく、一般的に「旧水戸街道」と呼ばれるのは、北千住から取手、土浦、石岡等を経由して水戸まで続く道のこと。 (6)釜屋菓子店【13:44】 天保9年(1838)年に創業。「きんつば」が人気とのこと。 (7)分岐点【13:44】 ここから分岐点(14)の区間は、旧下妻街道と重なる。 (8)大橋【13:45】 (9)分岐点【13:48】 (10)三峯神社・有為館設立の地・金井薬師堂【13:49】 (11)街道風景 古い家並みが多く見られる。 荒川家住宅 (12)乙女屋【13:59】 大正7年(1918年)創業の和菓子店。これも看板建築か? (13)中沢時計店跡【14:04】 昭和十年代に建てられた、重厚感のある看板建築。 街道風景 (14)分岐点(大町三丁目交差点)【14:10】 前回の終了地点。 (15)加波山事件志士の碑【14:13】 周囲は柵で囲まれていて、碑までは近寄れなかった。 短い区間だったが、二つのマンホール蓋に出会えた。 茨城県筑西市 市のマスコットキャラクター『ちっくん』とヒマワリと筑波山のデザイン。右斜め下に、小さく筑西市の市章が入っている。 茨城県筑西市 市の木であるサクラの花で市章を囲むデザイン。中央の市標は旧下館市のもの。 以上 **〖 前画面に戻る 〗   **〖 メインメニューに戻る 〗 

旧下妻街道7_三妻ー宗道

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 ◆旧下妻街道_三妻-宗道 2026年5月26日(火)曇り時々晴れ (1)三妻駅【12:16】 関東鉄道常総線の無人駅で、2022年度の一日平均乗降人員は186人。 三妻という地名は、明治22年(1889年)の町村制施行の際、三坂村(みさかむら)と中妻村(なかづまむら)が合併した際に、両方の文字をとって合成された地名とのこと。 (2)八幡神社【12:21】 (3)分岐点【12:23】 旧下妻街道はここから再スタート。 (4)架道橋【12:26】 街道風景 (5)豊受神社【12:30】 (6)地蔵堂【12:35】 街道風景 この時期に稲穂が実っている?と一瞬思ったが、よく見たら「麦」だった。これ以降こうした麦畑はよく見られた。 (7)三坂神社社標【12:50】 (8)分岐点【12:56】 街道風景 (9)分岐点【13:05】 街道風景 (10)分岐点【13:15】 (11)分岐点【13:18】 中央から左奥に見えているのが、地図の赤点線で示す旧街道なのだが、すぐに行き止まりになるので、実線赤線のように迂回した。 (12)分岐点【13:21】 (13)南石下(みなみ いしげ)駅【13:27】 関東鉄道常総線の無人駅。2022年度の一日平均乗降人員は289人。 (14)八幡神社【13:46】 (15)東弘寺【13:49】 (16)屋敷門(長屋門)【13:51】 街道風景 (17)薬師堂【14:00】 (18)八幡神社【14:06】 街道風景 (19)山中酒造店【14:13】 蔵元は富士吉田付近から移り住んだ近江商人の系譜。江戸前期にはすでに酒や味噌、醤油などを造っていたが、文化2年(1805年)に火災で多くを焼失したため、便宜上、この火災のあった年を創業年としている。 苦心のすえ出来上がった名酒を、わが子にたとえ、「一人娘」と名づけたと伝えられている。昭和15年(1940年)第15回品評会において全国一位となった。 (20)石下稲荷神社【14:15】 (21)石下駅【14:26】 関東鉄道常総線の無人駅。2022年度の一日平均乗降人員は800人。 駅前の立派なホテル。ただ、ここは常総市なので、いささか意外なホテル名。 街道風景。 犬かと思ったが、「ヤギ」だった。 (22)八幡神社&石毛城跡【14:55】 (23)地蔵堂【15:06】 (24)分岐点【15:11】 ...