投稿

旧下妻街道3_愛宕ー川間

イメージ
 ◆旧下妻街道_愛宕-川間(野田市小山) 2026年4月16日(木)曇り時々晴れ (1)愛宕駅【8:38】 (2)分岐点【8:43】旧下妻街道はここから再開 街道風景。門柱に書かれた文字が歴史を感じさせる。 街道風景。ロケットのような外見の塔。 街道風景 (3)馬頭観世音【9:17】 街道風景 (4)グリコ千葉アイスクリーム工場【9:23】 (5)成田山碑【9:42】 街道風景 (6)猿田彦大神碑【10:26】 猿田彦(サルタヒコ)は、日本神話で天孫降臨の際に天から地上(高千穂)への道を案内した「道開きの神」。神話では天狗の原型ともされる鼻長で異形の神。現在は物事を良い方向へ導く神として、人生開運、事業開運、方位除け、交通安全の神様として祀られている。 (7)西岸寺(さいがんじ)【10:32】 1352年(文和元年)、霊仙によって開山された浄土宗の寺院。 (8)分岐点【10:34】 (9)摩怚利神(まじりしん)【10:36】 仏教、特に真言宗などにおいて、疫病退散や病気平癒の功徳があるとされる神。非常に専門的で珍しい神格であるため、一般的な神社よりも、密教的な伝統を守る特定の寺院において護符や祈祷の形で信仰されているそうだ。 (10)猿田彦大神碑【10:44】 街道風景 街道風景 (11)小祠【10:55】 墓地の入口にあった。 街道風景 (12)小祠【11:13】 街道風景 (13)水神社【11:19】 (14)分岐点(本日の終点)【11:20】 旧街道歩きは一旦ここで終了。正面は利根川。ここでは渡れないので、次回はこの対岸からスタートする。 この後、来た道を戻り、次項(15)のバス停から、コミュニティバス(まめバス)で川間駅まで移動した。 (15)阿部バス停【11:43】 野田市のコミュニティバス「まめバス」のバス停。本日はここまで。 本日の歩行時間は、3時間5分だった。 出会ったマンホール蓋は以下。 (但し、旧街道筋ではなく、ホテルへの移動途中で通った「流山おおたかのもり駅」周辺で見つけた。) 千葉県流山市 流山市の自然環境の象徴的な存在である「オオタカ」(市の鳥)と市の花 「ツツジ」及び、流山市の発展に寄与した「つくばエクスプレス」をデザイン化したもの。 千葉県流山市 中央の市章を「ながれやま」、「うすい」の文字で囲み、周囲を市の花ツツジで同心円状に...

旧下妻街道2_吉川ー愛宕

イメージ
◆旧下妻街道_吉川-愛宕 2026年4月14日(火)曇り時々晴れ 通常は千住から喜連川に向かって北行きで歩く予定だが、今回は逆に愛宕から吉川に向かって歩いた。ただ、本記録に関しては今までと同様に通常の北行き方向での記載とするので、写真の撮影時間は繰り上がっていく形になっている。 (1)分岐点【15:07】 (2)吉川駅【15:09】工事中 (3)平沼鷲神社【14:59】 街道風景。創業昭和五年の染谷米穀店。 (4)延命寺【14:51】 (5)香取神社【14:42】 (6)普門院【14:34】 香取神社。前項「普門院」の向かい側。 (7)協同碑【13:51】 街道風景 (8)県境標識【13:11】 街道風景 (9)分岐点【12:58】 (10)架道橋【12:58】 (11)大杉神社【12:53】 向かい側の仏像群 街道風景 (12)八幡神宮【12:41】 (13)覚貞寺【12:39】 街道風景 街道風景 (14)キッコ―マン野田工場【12:15】 (15)甲子講大黒天碑【12:11】 街道風景 (16)東福寺&庚申塔【12:09】 東福寺脇の小祠 (17)庚申塔【12:07】 (18)上花輪の小社【12:05】 (19)香取神社【12:00】 (20)分岐点&旧中村商店【11:52】 明治期の商家建築を活かした古民家商店。旧中村商店は肥料や石炭などを扱う店だった。今は倉庫に店舗やアトリエが入店しているそうだ。 (21)旧野田商誘銀行【11:51】 野田商誘銀行(のだ しょうゆう ぎんこう)は、1900年(明治33年)に野田の醤油醸造家たちが設立した銀行。醤油にちなんで「商誘」と名づけられた。建物は大正15年に完成。太平洋戦争中の政策で千葉銀行に営業権が譲渡された後、建物は千葉銀行野田支店となった。建物はその後使用されなくなるが、1970年(昭和45年)キッコーマン創業家一族の資産管理会社である千秋社の所有になった。 街道風景 (22)愛宕神社【11:41】 (23)愛宕駅前交差点【11:31】 旧下妻街道はここで一旦終了。 (24)石橋建立の碑【11:29】 (25)愛宕駅【11:28】 東武鉄道野田線(東武アーバンパークライン)の駅。2024年の一日平均乗降人員は10,146人。 本日のここまでの歩行時間は、休憩も含めて4時間41分だった。 今回出会ったマンホールの...