◆旧結城街道 川島-下館 2026年2月20日(金)晴れ 旧結城街道の川島から下館までを歩いた。 (1)川島駅【14:23】 (2)分岐点&石碑&地蔵尊【14:29】 ここから結城街道となる。 (3)熊野神社【14:33】 街道風景 (4)山倉神社【14:42】 (5)第二水戸街道踏切【14:50】 線路は水戸線ではあるが、横断するこの道を水戸街道と呼ぶことは?? 街道風景 遠方に見えている山は筑波山。西側(左)の男体山と東側(右)の女体山からなる。 (6)馬頭観音(馬頭尊)【15:12】 街道風景 (7)地蔵堂【15:17】 (8)稲荷神社【15:26】 (9)馬頭観音(馬頭尊)【15:28】 (10)高架橋【15:29】 上は国道50号線下館バイパス。 (11)プッタランシー寺院【15:32】 タイの寺院で茨城県のタイ・コミュニティの中心のひとつ。ご本尊はタイから船便で運んできたものとのこと。(ネット情報によると、ここは元パチンコ屋だったらしい。) (12)神明宮【15:49】 (13)真岡鉄道踏切【15:54】 (14)江戸坂道標【16:00】 (15)北向地蔵尊【16:01】 (16)分岐点【16:02】 (17)妙西寺【16:04】 (18)下館駅【16:07】 駅前に設置されていたセラミックアート。青木繁の有名な絵画「海の幸」。 青木は19歳で画家を志して上京。それから4年後、栃木県出身の福田たねが、絵の勉強のために上京した。たねは初め青木の絵にあこがれ、やがて相思相愛の仲になる。 明治38年8月、23歳の青木繁は、20歳で臨月を迎えたたねを伴って市内川島を訪れた。たねの実家は芳賀町で呉服商を営んでいたが、未婚であるたねの懐妊を知った福田家は、世間体をはばかり、取引のある下館の間々田呉服店にたねの世話をお願いしたそうである。 青木は28歳の時に肺結核により他界した。 以上 **〖 前画面に戻る 〗 **〖 メインメニューに戻る 〗