旧甲州街道4_日野-八王子
◆旧甲州街道_日野-八王子
2021年10月11日(月)晴れ
甲州街道の日野と西八王子間を歩いた。
10:20に日野駅をスタート。
(1)庚申塔【10:24】
(2)日野自動車本社工場【10:38】
(3)一里塚跡【10:46】
(4)高倉稲荷神社【10:58】
享保3年(1719年)に高倉新田の鎮守として創建。
写真の左側に少し映っているのは境内にある「火の見櫓」。
(5)日枝神社【11:35】
(6)大和田橋【11:50】
(7)一里塚趾【11:59】
(8)永福稲荷神社【12:00】
(9)市守神社【12:08】
(10)八日市宿跡碑【12:34】
八王子宿は、東から、横山、八日市、八幡の三つの宿からなっている。
その中でも八日市宿が中心的な役割を担っていたとのこと。
(11) 荒物加島屋(城所莊藏商店)【12:41】
江戸時代から続く蔵造りの荒物店「加島屋」。
この店蔵が建てられたのは、明治20年とのこと。
(12)三年坂の標石【12:48】
後日調べたら、ここは多賀神社に向かう道に繋ぐ坂道だったそうだ。
坂の名は坂下にあった子育て地蔵(別名車地蔵)にちなみ、安産や子育てを願う産寧(さんねい)から名付けられたという。
また、「三年坂で転ぶと三年のうちに死ぬ」という言い伝えもあったというが、逆に他の資料では、「ここで転んでも三年たてば治るので三年坂と云った」というのもあった。
追分交差点
(13)追分道標【12:55】
「左 甲州道中高尾小道」「右 あんげ道」と刻まれている。
ちなみに「あんげ道」とは案下道と書き、現在の陣馬街道。
(14)了法寺(りょうほうじ)【12:57】
入口に設置された美少女イラスト看板から「萌え寺」としても知られる。
当寺に祀られている新護弁財天が音楽・芸術の神であることから、檀家の孫である広告企画会社社長の紹介により、美少女イラストによる案内看板を製作したという。
住職は最初は愕然したというが、家族や檀家に相談したところ「かわいいからいいんじゃない?」と特に反対もなくあっさり決まったという。
上の写真は、たまたま隣の葬儀場の看板が上部に入ったのだが、きっと明るい「霊安室」なんだろうなあ、と思ってしまう。
(15)八王子千人同心屋敷跡記念碑【13:04】
家康は、甲府の元武田家の家臣とその配下の同心による武士団を、地域の治安維持を主な目的として八王子に移した。これが千人同心のはじまり。
同心とは江戸幕府の下級役人。
組の「頭」は現在の千人町周辺に住み、同心たちの多くは周辺の村に住んで、武士としての役目を勤める時以外は農業をして生活をしていたという。
(16)興岳寺(こうがくじ)【13:12】
(17)西八王子駅東交差点【13:22】
今回は予定通りここまでとした。
休憩も含めた歩行時間は、3時間2分だった。
駅近くにあった千人同心のタイル
以下に、ひとつだけだが、今回見つけたマンホールの蓋を示す。
都の指定無形文化財でもある「八王子車人形」がデザインされているもの。
車人形とは、幕末に多摩地方で始まった郷土芸能で、ろくろ車という3個の車輪がついた箱型の車に腰をかけて、一人の人形遣いが一体の人形を操る、特殊な一人遣いの人形芝居。
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以上





































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