旧浦賀道2_上大岡-能見台
◆旧浦賀道_上大岡-能見台
2020年9月1日(月)曇り
5月11日に、浦賀道の中の、能見台から瀬ケ崎までの区間を歩いた。
それに引き続き、少し時期がずれてしまったが、その前段になる上大岡から能見台までの区間を、本日歩いた。
(1)上大岡駅東口(裏口)【9:38】
京急上大岡駅の駅裏にあたる東口を9:38に出発
(2)上大岡駅東口石仏群【9:38】
出てすぐ目の前に石仏群がある。
地蔵尊を中心に馬頭観音塔2基、庚申塔1基、道祖神1基、及び石段築造碑が立っている。
庚申塔には1684(貞享元)年の銘があるが、これは江戸時代前期綱吉将軍の時代。そんな昔の庚申塔が今も駅前に鎮座している。
(3)青木神社【9:46】
もと、多々久之郷六箇村(久保、最戸、中里、弘明寺、井土谷)の総社。
天明6年(1786年)の大岡川の大洪水により、大岡川の流れが変わり社殿が上大岡側に取り残され、今でも大久保2丁目は青木神社の社地だけが川を越して残されたと言われているとか。
(4)岡本橋記念碑【9:57】
(5)横浜刑務所【10:01】
刑務所というと高い塀に囲まれた暗いイメージがあるが、ここはさしたる威圧感も感じさせずに住宅街に静かに馴染んでいる。
調べると、ここでは毎年11月に「矯正展」が開催され、そこでは、全国の刑務所で作られた品物を売る店が立ち並び、さらに、ステージでは何かしら演奏やダンスがあるとのこと。
ネット掲載の写真を見ると、まるでどこかの学園祭のよう。
その期間中のみ刑務所内に入れる施設見学もかなりの人気とか。
(6)鰻(うなぎ)井戸【10:10】
(7)街道で見つけたポスター【10:18】
「浦道健一」という人の選挙ポスターを偶然にも発見。ひょっとして、浦賀道に何か由来のある人か、と思われたのだが、調べたら県議会議員さんで、出身地は長崎県とのこと。よって、残念ながら浦賀道とはまったく関係なし。
(8)新川橋交差点【10:20】
ここからは車道を外れ、写真の左側の細い路地を進むことになる。
路地の途中の光景
(9)「かなさわ道」説明板【10:30】
浦賀道のうち、保土ヶ谷宿から金沢八景に至るまでの道は「金沢道(かねさわみち)」とも呼ばれている。その説明板が、今回の道程の中で二か所あった。(もう一つは(11))
ちなみに、「金沢街道」というと、金沢八景から朝夷奈切通を通って鎌倉へ抜ける道とのことで、ちょっとややこしい。(以下の三つ目の参考図参照)
金沢道と金沢街道の説明図
(10)馬頭観世音と石塔群【10:38】
かなりの数の石塔群が、普通の墓石といっしょに並んでいた。この数にはちょっと圧倒される。
(11)かねさわ道案内板【10:40】
一旦車道に出るが、すぐに、栗木の交差点の手前で再びわき道に入る。わき道を進むと、そのまま環状3号線のトンネルの上を通る。次の写真はそのあたりの道の様子。
環状3号線を渡り切ったところで、階段を上ると、完全に山中の山道になる。
(12)階段【10:48】
(13)庚申塔【10:50】
少し進むとそのまま下りになり、笹下釜利谷道路(ささげかまりやどうろ)と並行した、住宅街の中の細い道になる。ここからしばらくは特に史跡は見当たらない。
上中里交差点付近を通ってからは再び上りになり、整備された住宅街の端を進むことになる。道なりに児童公園の手前で右手に上っていくと、次の地蔵尊がある。
(14)岩船地蔵尊【11:13】
ここから先は、旧道は完全に消滅しているので、住宅街の中をジグザグに縫うように進んでいき、能見堂緑地入口から、ハイキングコースの途中に合流する。
(15)能見堂緑地入口【11:42】
(16)「シティー能見台西」の出口への分岐点【11:50】
ここから先は、既に5月11日に歩いているので、本日の街道歩きはここまでとした。
歩行時間は、途中の休憩も含めて、2時間12分だった。
全体のメインメニューは
<https://sites.google.com/view/slowly-walker>
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