敦賀市散策
◇敦賀市散策
2025年11月13日(木)曇り時々晴れ
旧北陸街道を歩く途中で敦賀市を散策した。
(1)きらめきみなと館
1999年(平成11年)に開催された「つるが・きらめき・みなと博21」の中核施設として建設されたもの。外観は船の煙突をイメージしたという。
多目的に利用できるイベントホールと演劇や発表会に適した小ホールがあり、各種イベントが開催されるとのこと。
ホールの裏側から見た敦賀湾。左端の船は巡視船。
(2)敦賀鉄道資料館(旧敦賀港驛舎)
(3)金ケ崎緑地
無料休憩所
(4)人道の港 敦賀ムゼウム(地域歴史博物館)
敦賀港は、1920年代にポーランド孤児、1940年代に「命のビザ」を携えたユダヤ難民が上陸した日本で唯一の港。その当時の建物を復元した資料館。(ムゼウムとは、ポーランド語で資料館と言う意味)
(5)敦賀赤レンガ
外国人技師の設計によって1905年(明治38年)に石油貯蔵用の倉庫として建設され、途中、軍の備品倉庫や昆布貯蔵庫としても使用された建築物。
(6)みなとつるが山車会館
(7)敦賀市立博物館
敦賀の実業家、二代目大和田荘七によって創業された大和田銀行の本店建物。1925年(大正14)に起工、1927年(昭和2)に竣工。
その後吸収合併により三和銀行敦賀支店に、さらに福井銀行の敦賀港支店として利用されていたが、1977年(昭和52)に敦賀市に寄贈され、翌年には敦賀市立歴史民俗資料館としてオープンした。
博物館通り。右側が博物館
(9)顕彰碑等
(10)気比(けひ)神宮
敦賀は北陸道諸国(現在の北陸地方)から畿内への入り口であって、対外的にも朝鮮半島への玄関口にあたる要衝であることから、「北陸道総鎮守」と称されて、朝廷から特に重視された神社だった。『古事記』『日本書紀』では早い時期に神宮についての記事が見える。
「ケヒ(気比)」の由来としては、『古事記』では「御食津(みけつ)」から「気比」に転訛したという。(他の由来説もある。)
社殿のほとんどは第二次世界大戦中の空襲で焼失したため、現在の主要社殿は戦後の再建になる。空襲を免れた大鳥居は「日本三大木造鳥居」にも数えられる壮麗な朱塗鳥居であり、国の重要文化財に指定されている。
(11)敦賀シンボルロード
敦賀駅から氣比神宮までつづく商店街。漫画家・松本零士(1938~2023年)のアニメ「銀河鉄道999(スリーナイン)」と「宇宙戦艦ヤマト」の名場面をストーリー順に再現した28体のモニュメントが並んでいる。
敦賀は、新橋~金ヶ崎(後に敦賀港駅と改称)間を結ぶ「欧亜国際連絡列車」の発着駅として、かつて重要な位置を占めていた。これらのモニュメントは、1999年に敦賀開港100周年を記念して設置されたもの。市のイメージである「科学都市」「港」「駅」と作品世界を重ね合わせたためとのこと。
(12)敦賀駅
今回出会ったマンホールの蓋は以下。
項(4)「敦賀ムゼウム」をモチーフに、目の前に広がる金ヶ崎緑地、海など、「豊かな自然」と「人」をつなげるやさしいまち敦賀をイメージしたとのこと。イラストライター「松尾たいこ」氏のデザイン。
ポケモンの蓋。後日調べたら、これは2024年9月に設置されたものとのこと。
以上
**〖前画面に戻る〗
**〖メインメニューに戻る〗























































コメント
コメントを投稿