旧佐原銚子街道1_木下ー安食

 ◆旧佐原銚子街道_木下-安食

2026年1月28日(水)晴れ

(1)木下駅【10:38】

(2)起点【10:52】

旧木下街道との接続点。

(3)柏屋【10:53】

江戸時代から約160年、6代続く老舗蕎麦店。

(4)印西郵便発祥の地【10:55】

街道風景



(5)分岐点&石碑【11:11】


(6)水神宮(すいじんぐう)【11:13】

これ以降、川沿いに多くの水神宮見られた。但し、ここにみられるような比較的小規模なものが多い。



(7)分岐点【11:23】

(8)十九夜塔&二十三夜塔【11:24】
十九夜塔(じゅうきゅうやとう)は、旧暦19日の夜に女性たちが集まり、月を待って念仏を唱える「十九夜講」の記念として建てられた石塔。
二十三夜塔(にじゅうさんやとう)は、旧暦23日の夜に月(下弦の月)の出を待って拝む「二十三夜講」の記念として建立された石塔。
街道風景。
歩道のない片側一車線の道が続く。車の通行量はそこそこあり、いささか緊張を強いられる歩行だった。


(9)不動尊?【11:48】

(10)小祠&庚申塔【12:28】




(11)道標&仏像【12:31】

(12)水神宮&仏塔群【12:32】


街道風景

街道風景(釣り堀)

(14)水神宮【12:52】



(15)地蔵堂【13:14】



(16)長門橋【13:16】


(17)分岐点【13:30】

(18)大鷲神社【13:32】



街道風景

(19)道標【13:37】
ここに書かれている「旧成田みち」は、ここから成田山新勝寺へ向かう道を指す。ただし普通「成田街道」と言われるのは、水戸街道の新宿(にいじゅく)から分岐して成田山新勝寺に至る道のことであり、この道とは異なる。


(20)道標&小祠【13:43】



(21)安食駅【13:46】



地名の「安食(あじき)」の由来は、
1.古くからこの地域が水と緑に恵まれた肥沃な土地で、安らかに食べ物を得ることができる土地であることから名づけられた
2.12世紀に度重なる水害で飢えたこの地域の人々が、神社を建てて祈願したところ、その翌年大豊作となったため「食に安んずる」ようになった
など諸説がある。

今回出会ったマンホールの蓋は以下のみ。
千葉県印旛郡栄町
中央のデザインは、龍(ドラゴン)の「ドラ」と夢の「ム」 を合わせて「ドラム」と名付けられた栄町のキャラクター。『町民に夢や未来を与える』という意味が込められているそうだ。
両側の花は町の花「サザンカ」。

以上

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