旧佐原銚子街道6_小見川ー下総豊里

 ◆旧佐原銚子街道_小見川-下総豊里

2026年2月18日(水)曇り

(1)小見川駅【8:20】

JR東日本成田線の無人駅(業務委託駅)。2024年の一日平均乗車人員は1,009人。周辺の無人駅とは違い、ロータリーやタクシー待ちの場所もある。


(2)小祠【8:24】

(3)分岐点【8:28】
ここから旧街道が始まる。

街道風景

(4)金毘羅神社【8:31】





街道風景


(5)鹿生嶋弁財天(かしょうじまべんざいてん)【8:40】

(6)柳関(やなぎせき)無縁塚【8:41】
無縁塚(むえんづか)とは、災害、疫病、行き倒れ、または引き取り手のない遺骨(無縁仏)を供養するために建立された共同墓地や供養塔のこと。この場所は明治時代まで処刑場として使用されていた。
ネット情報によると、今も“何か”が静かに息づいていると噂される、香取市の心霊スポットの一つとか。


(7)川魚「おくまや」【8:44】
川魚問屋として明治5年(1872年)創業。現在は「炭火焼きうなぎの白焼き」が有名。

(8)上八坂神社【8:48】

(9)下八坂神社【8:51】

(10)吉祥院【8:51】

(11)佐原銚子街道踏切【8:54】


街道風景

(12)「飯沼観世音江六里」石碑【9:04】
残念ながら二つに割れていた。

街道風景


(13)第二佐原銚子街道踏切【9:31】

(14)諏訪大神【10:07】




(15)道路元標【10:10】

(16)旧十一屋(じゅういちや)【10:12】
「十一屋」は、「天保水滸伝」に出てくる旅籠(宿屋)。江戸時代末期の侠客・笹川繁蔵(ささがわのしげぞう)が跡目を継ぎ、人馬の乗り継ぎや管理、料亭、旅館等を営んでいた。今は当主の陶芸展示室になっている。
「天保水滸伝」は、江戸時代にこの地で起きた、笹川繁蔵と飯岡助五郎のふたりの侠客の勢力争いを描いた物語。浪曲や講談で有名になり、かつて映画にもなっている。
こうしたヤクザ絡みの物語は、今はなかなか顧みられることはないが、日本の歴史の中の一幕だったことは事実。

(17)分岐点【10:14】

(18)箒松(ほうきまつ)豊川稲荷大神【10:20】


街道風景


(19)仏像&地蔵堂【10:38】


街道風景

(20)庚申塔【10:46】

(21)八坂神社【10:50】

(22)八坂神社【10:50】

(23)地蔵堂【10:52】

(24)分岐点【10:55】

(25)分岐点【11:01】


(26)分岐点【11:08】

(27)分岐点【11:10】

街道風景

(28)下総橘駅【11:29】


(29)星之宮大神&時計台【11:31】

(30)稲生神社【11:39】

(31)庚申塔【11:43】

(32)東今泉街道踏切【11:45】


(33)「飯沼観世音江四里」石碑【11:47】


(34)みゆき坂道標【11:53】

街道風景


(35)石碑【12:12】詳細不明

(36)分岐点【12:16】
ここで旧街道は一旦終了。

(37)下総豊里駅【12:22】


以上

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