旧下妻街道7_三妻ー宗道

 ◆旧下妻街道_三妻-宗道

2026年5月26日(火)曇り時々晴れ

(1)三妻駅【12:16】

関東鉄道常総線の無人駅で、2022年度の一日平均乗降人員は186人。

三妻という地名は、明治22年(1889年)の町村制施行の際、三坂村(みさかむら)と中妻村(なかづまむら)が合併した際に、両方の文字をとって合成された地名とのこと。


(2)八幡神社【12:21】



(3)分岐点【12:23】

旧下妻街道はここから再スタート。


(4)架道橋【12:26】

街道風景

(5)豊受神社【12:30】


(6)地蔵堂【12:35】


街道風景
この時期に稲穂が実っている?と一瞬思ったが、よく見たら「麦」だった。これ以降こうした麦畑はよく見られた。

(7)三坂神社社標【12:50】

(8)分岐点【12:56】
街道風景


(9)分岐点【13:05】


街道風景

(10)分岐点【13:15】

(11)分岐点【13:18】
中央から左奥に見えているのが、地図の赤点線で示す旧街道なのだが、すぐに行き止まりになるので、実線赤線のように迂回した。

(12)分岐点【13:21】

(13)南石下(みなみ いしげ)駅【13:27】
関東鉄道常総線の無人駅。2022年度の一日平均乗降人員は289人。


(14)八幡神社【13:46】

(15)東弘寺【13:49】


(16)屋敷門(長屋門)【13:51】
街道風景

(17)薬師堂【14:00】



(18)八幡神社【14:06】

街道風景


(19)山中酒造店【14:13】
蔵元は富士吉田付近から移り住んだ近江商人の系譜。江戸前期にはすでに酒や味噌、醤油などを造っていたが、文化2年(1805年)に火災で多くを焼失したため、便宜上、この火災のあった年を創業年としている。
苦心のすえ出来上がった名酒を、わが子にたとえ、「一人娘」と名づけたと伝えられている。昭和15年(1940年)第15回品評会において全国一位となった。

(20)石下稲荷神社【14:15】




(21)石下駅【14:26】
関東鉄道常総線の無人駅。2022年度の一日平均乗降人員は800人。


駅前の立派なホテル。ただ、ここは常総市なので、いささか意外なホテル名。

街道風景。 犬かと思ったが、「ヤギ」だった。

(22)八幡神社&石毛城跡【14:55】







(23)地蔵堂【15:06】


(24)分岐点【15:11】
街道風景

(25)道標【15:22】
街道風景

(26)馬頭観世音【15:28】
街道風景

(27)分岐点【15:31】

(28)分岐点【15:33】
街道風景

(29)市境標識【15:39】


(30)屋敷門(長屋門)【15:44】


(31)分岐点【16:04】
旧下妻街道歩きは、いったんここで終了。

(32)宗道駅【16:12】





今回出会ったマンホール蓋は以下。

茨城県常総市石下
町の木ウメに町の鳥ウグイスがとまり、町の花ツツジと 豊田城-正式名称「石下町地域交流センター」(現・常総市地域交流センター)が描かれている。

下妻市旧千代川村
全体を3分割して、サクラ(村の花)・ヒバリ(村の鳥)・ケヤキ(村の木)をデザイン、中央に村章、下部に「千代川」「おすい」の文字入り。
以上

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