旧奥州街道1_宇都宮宿ー白沢宿

 ◆旧奥州街道 宇都宮宿-白沢宿

2024年12月9日(月)、10日(火)晴れ

旧奥州街道の宇都宮宿から氏家宿間を歩いた。

日程上の都合から二日に分け、最初の日は本来とは逆に南下で進み、二日目は本来の北上で歩いたが、この記載では全体を本来の北上方向で表示する。

(1)日光道中追分【15:38】


(2)高札場跡【15:38】

(3)張番木戸跡【15:28】


街道風景。商店街

(4)明治天皇行在所向明館跡
残念ながら工事中で、「入口碑」しか見られなかった。
ネットにあった写真を示す。

(5)分岐点【14:57】

(6)おしどり塚【14:52】
鎌倉時代に、無住法師によって書かれた「沙石集」によって紹介された物語の旧跡地である。塚の遺跡は、おしどり塚児童公園の東北隅にあり、付近は花木、石等によって整備されているほか、塚の由来を記した碑も建てられている。内容は、求喰川(あさりがわ)を舞台とした一つがいのおしどりと漁師のいきさつと建碑にいたる経過を記している。



街道風景

(7)上河原町掲示板【14:46】


近くにあった腰掛?と説明板



(8)妙正寺【14:44】

(9)三峯山神社&樋爪氏の墓【14:42】



(10)幸橋【14:41】



(11)旧篠原家住宅【14:49】
江戸時代から奥州街道口の現在の場所で、醤油醸造業や肥料商を営んでいた。現在の旧篠原家住宅は、明治28年(1895) に建てられたもの。






(12)宇都宮駅【14:32】
駅前の餃子像は、宇都宮餃子のPR のために現代彫刻家の西松鉱二氏がデザインし、宇都宮特産の大谷石で制作されたもの。餃子の街宇都宮のシンボル的存在。

(13)今泉八坂神社【13:42】

(14)東北新幹線ガード【13:37】

(15)鳥山道追分【13:28】
特に標識等はなにもない。那須氏の鳥山城に行く道との分岐点。


(16)屋敷門【13:24】


街道風景。この先にも大谷石造りの蔵がよく見られた。

(17)宝蓮院【13:22】


(18)首切地蔵【13:07】




街道風景

(19)堀切バス停【12:54】12月9日

(19)堀切バス停【8:14】12月10日

(20)宮環・下川俣陸橋【8:18】

街道風景



(21)馬頭観音【8:31】
昭和十五年に建立されたもの。

(22)感恩報徳碑【8:39】




街道風景




(23)白沢宿標識【9:15】

(24)道標【9:24】

(25)勝善神(そうぜんしん)【9:26】

(26)白沢地蔵堂【9:27】
逆光での撮影で、まったく読めない。ネットで探した画像を次に示す。

周囲がアルミサッシの地蔵堂はめずらしい。改修時のコスパと耐久性はいいのだろうが・・・

(27)やげん坂&馬頭観音【9:30】



(28)公衆便所跡【9:31】



街道風景

(29)白髭神社鳥居&社標【9:36】
写真の右側にわずかに映っているのは交番(白沢駐在所)だが、そこが番所跡。

(30)宇加地本陣跡【9:37】



(31)説明板【9:39】


街道風景

(32)明星院【9:40】

(33)井上清吉商店【9:43】
明治元年(1868)の創業の酒蔵。栃木県産米100%使用の清酒「澤姫」は世界最大級の酒類コンペティションインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)で世界最高賞を受賞した。

(34)經力(きょうりき)稲荷大明神【9:43】

(35)白沢宿標識【9:44】


街道風景

これ以降は「2 旧奥州街道_白沢宿-氏家宿」に続く。

今回出会ったマンホールの蓋は以下。

栃木県宇都宮市
中央に町の木「ツゲ」、周りに町の花「サギソウ」がデザインされたもの。

栃木県宇都宮市
宇都宮市の下水処理開始50周年を記念してデザインしたマンホール蓋。宇都宮市上水道局のマスコットキャラクター「水道ぼうや」を中央に描き、その背景に市の木「イチョウ」の柄をあしらうとともに、周りを宇都宮名物の「ギョウザ」、「カクテル」、「ジャズ」、「自転車」のイラストで囲まれている。水道ぼうやの頭上にあるのは宇都宮市水道徽章。

栃木県宇都宮市
宇都宮市は百人一首ゆかりの地とのことで、毎年「うつのみや百人一首市民大会」を開催している。令和6年にその大会が第30回を迎えることを記念して、「百人一首デザインマンホール」を3か所に設置したとのこと。その中の1枚で、二荒山神社前で見つけたもの。

以上

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