旧東海道29_桑名-四日市
◆旧東海道_桑名-四日市
2019年4月4日(木)晴れ
東海道の脇往還(脇街道)である佐屋街道を通って宮宿から四日市宿まで3日間かけて歩いた。
今回はその3日目。
(1)桑名の京町付近の道標【8:30】
前日の終了地点を8:30に出発。
(2)道標【8:32】
(3)案内板【8:33】
(4)街角の道標【8:34】
街道の屈曲地点にはこうした道標があり、迷わず進むことが出来た。
(5)天武天皇社【8:43】
(6)火の見櫓(やぐら)【8:53】
平成3年に再建されたもの
(7)矢田立場跡【8:53】
(8)了順寺【8:59】
桑部城主の毛利氏は織田信長の軍勢に敗れたが、その城主の子孫が出家してこのお寺を開いたと言われている。この寺の山門は桑名城の城門を移築したものと伝えられている。
(9)江場松原跡【9:01】
かつての松並木跡。今は一本もないと書かれてある。
(10)伊勢両宮常夜灯【9:11】
(11)町屋橋跡の説明板【9:12】
(12)町屋橋【9:15】
道端で見かけた満開の桜草【9:23】
(13)一里塚跡【9:25】
(14)道標【9:31】
東芝三重工場前にあるが、隣にある瓦製と思われる説明板が壊れていた。このあたりからは小向(おぶけ)立場跡とのこと。
(15)樹齢三百年とされる樹木。【9:32】
何の木かは書かれてなかった。松並木の代わりに(あるいは一部として)植えられていたらしい。
(16)小向(おぶけ)神社道標【9:38】
(17)浄泉坊【9:40】
(18)西光寺【9:46】
西光寺境内の松。前述の説明によれば松並木の一部。
(19)桜並木【9:55】
(20)常夜灯【10:00】
(21)四日市の掲示板&力石【10:03】
(22)案内板【10:08】
(23)宝性寺【10:16】
宝性寺は740年聖武天皇の勅願によって現在地の西300mの地に開創されたと伝えられるが、1568年長島一揆の戦乱により焼失。その後再建されるも火災に遭い1719年に再興。本堂は1814年に再建され、それが現在の本堂。
(24)長明寺【10:18】
蒔田城跡といわれている。
(25)鏡ヶ池【10:44】
(26)富田の一里塚跡【10:55】
(27)道標【11:05】
(28)善教寺【11:08】
(29)常夜灯【11:10】
街道沿いの家々に写真のような案内が多く掲げられている。
(30)力石&新設用水道碑【11:15】
新設用水道は明治三十七年に完成した水路。
(31)常夜灯【11:27】
(32)道標【11:31】
(33)川原洲(かわらず)の松【11:35】
樹齢二百年とのこと。
(34)志氏神社鳥居【11:40】
古い家並みもところどころ見られる【11:40】
(35)道標【11:49】
(36)多度神社【12:01】
<2021年5月26日 追記>
多度(たど)神社は、多度山(標高403メートル)を神体山と仰ぎ、古代より人々の信仰を集めていたとのこと。社殿の創建は5世紀後半第21代天皇の雄略天皇の時代。
織田信長の時代、長島一向一揆の際に全焼。しかし江戸時代に入り、初代桑名藩主「本多忠勝」(ほんだただかつ)の寄進により復興。
御祭神の天津彦根命(あまつひこねのみこと)は、伊勢神宮の御祭神、天照大神の御子神であることから、伊勢神宮との関係が深く、北伊勢大神宮とも言われて、昔から「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り」と詠われてきたとか。
ちなみに、同じ詠われ方を津島神社でも聞いた。すなわち、「お伊勢参らば津島へ参れ、津島参らば片参り」◆旧東海道_万場-桑名 の(33)参照。
他にも、滋賀県の多賀大社も、「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」と唄われたという。
調べたら、伊勢音頭(多くの種類があるのだが)の一節に「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊をかけねば片参り」と唄われていたようで、ここで出てくる「朝熊」とは朝熊岳金剛證寺(あさまだけ こんごうしょうじ)のことだそうだ。伊勢神宮の鬼門を守る寺として知られた寺とのこと。
つまり、こういう言い回しは、伊勢神宮の参拝者を自社に呼び込むための「キャッチコピー」として、周囲の社寺にも広まっていったのだろう。
(なお、ここに出てくるのは伊勢神宮もふくめてすべて神社なのに、なんで朝熊岳金剛證寺という寺院が入っているのか気になったが、調べたら、朝熊岳金剛證寺には御本尊の福威智満虚空蔵菩薩とともに伊勢神宮と同じ天照大神も祀られているそうだ。)
(37)三ツ谷一里塚跡【12:02】
三ツ谷一里塚跡のある海蔵川の土手では海蔵川桜祭りが行われていた。
(38)三滝橋(みたぎはし)【12:16】
歌川広重の描いた三重川はこの橋のあたりだそうだ。
橋の上には次のようなタイルが貼られていた。
(39)中部西小学校【12:21】
かつては陣屋跡(代官所)だったとのこと。
(40)道標【12:26】
(41)アーケード街【12:30】
かつての旧街道がそっくりアーケード街になっている。
「ゆるキャラグランプリ2018」で話題(!)になった「こにゅうどうくん」
<2022年11月20日追記>
「ゆるキャラグランプリ」は、東日本大震災後の日本を元気づける地域活性化を掲げて始まったイベント。しかし、一定の役割を終えたとして、2022年10月をもって10年の歴史に幕を下ろした。
「ゆるキャラグランプリ2018」では、大牟田市の「ジャー坊」、泉佐野市の「一生犬鳴(けんめい)!イヌナキン!」とともに、「こにゅうどうくん」も「組織票」が投じられているのではないかと話題になった。「こにゅうどうくん」は3位だった。
(42)アーケード街の出口【12:35】
今回はここで終了とした。
本日の歩行時間は休憩を入れて4時間5分。
3日間合計で14時間50分だった。
今回も本陣等の史跡はなかったが、何となく昔の街道を偲ばせるような細い屈曲した道が多かった印象で、そこそこ興味深かった。
途中で見たマンホールの蓋を下記にまとめて示す。
津島市
尾張津島天王まつりのまきわら舟と市の花フジをデザインしたもの
旧佐屋町
旧佐屋町の花「キキョウ」と人魚が描かれたもの。ちなみに佐屋町は今は愛西市(あいさいし)となっているので、同じデザインで表示のみ愛西市となっているのもあるらしい。
弥富市
特産である金魚と、特産であった白文鳥をモチーフとしたキャラクターをデザイン化したもの。
桑名市旧長島町
木曽川と長良川に挟まれた細長い地形の長島町なので、大きな河川と橋梁が描かれ、町の花カキツバタが添えられている。
桑名市
桑名で有名なハマグリのデザイン。中央に入っているのは旧市章とのこと。
桑名市
無形文化財に指定されている「桑名の千羽鶴」の絵柄。
桑名市
七里の渡の碑と海上の帆掛け船のほかに,現代の伊勢大橋も描かれている。
桑名市
広重の「東海道五十三次の桑名」の絵柄。
四日市市
「東海道五十三次」宿場町「三重川」の図をデザインしたもの
四日市市
四日市市の花となっているサルビアをデザインしたもの。
四日市市
四日市市と友好姉妹都市のロングビーチ市、シドニー市及び天津市の代表的な動物等をデザインしたもの
以上
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