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笛吹桃源郷散策

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◆笛吹桃源郷散策 2018年4月8日(日)晴 山梨県笛吹市は桃の生産量日本一とのことで、4月になると約30万本の桃の花が咲き、「桃源郷」として多くの観光客が訪れる。そのウォーキングコースを歩いた。 スタート地点の「花鳥の里スポーツ広場」に着いたのが9:30。 10時からは笛吹市公式のウォーキングが開催されるので、その人混みを避けるために9:45にスタートした。 一周して戻ってきたのは13:30で、途中での昼食タイムを入れて、3時間45分のウォーキングとなった。 途中で「リニア実験線」を見ることが出来る。 気温もよく、風もさほど強くなく、また適度の高低差もあり、気持ちのいい散策だった。 以上   < 前に戻る >

武山ハイキング

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◆武山ハイキング 2018年5月12日(土)晴れ 三浦半島にある武山(タケヤマ)ハイキングコースを歩いた。 2週間前には「品川富士」に登った(?)のだが、今日は「三浦富士」を登ることとなった。ちなみに今回の富士の標高は183m。 京急津久井浜駅を9:45に出発し、戻ってきたのが12:00ちょうどで、2時間15分のウォーキングとなった。 今回、駅から地図③の地点(警察犬訓練所)までの往きの25分間と、帰りの⑩の地点から駅までの30分間、合せて計55分間は普通の舗装道路であり、残りの1時間20分だけが山道でのウォーキングということになる。その点がやや物足りないが、山道はそれなりに山坂もあり、強い日差しも両脇の木々で遮られていて歩きやすく、のんびりと山道を歩くということで、そこそこ楽しめた。 ①最初の案内板<9:56> 以降、道の曲がり角にはすべて案内板があり、迷うことはなかった。 ②浅間神社の鳥居<10:09> 来た道を振り返って撮ったのが次の写真。遠くに相模湾が見えた。 ③山道<10:13> 特に険しい訳ではなく、初心者向きで歩きやすい。 ④山道途中にあったお地蔵さん<10:19> ⑤三浦富士<10:24> 看板が薄汚れていて読めないのがちょっとガッカリだったが、 相模湾と三浦半島がけっこうきれいに見える。 ⑥砲台山近くの見晴台からの展望。<10:42> 展望は⑤とほぼ同じ。 ⑦砲台山<10:47> 昭和初期(明治と記載された記事もあったが)に海軍が砲台を造ったことから、砲台山と呼ばれ、すり鉢の中央には、かつて高角砲が据えられていたとか。 昔の写真を見ると、大砲がいくつも設置されていた大がかりな場所だったようだ。 現在は写真の場所のみ。ここだけを見ていると、なんとなくもの悲しい静かな雰囲気が感じられてしまう。 ⑧武山不動(龍塚山持経寺武山不動院)<11:05> 航海安全の浪切不動として広く知られ、漁業関係者から厚く信仰されているとか。 ⑨武山の展望台からの眺め<11:10> ⑩山道から一般道への出口<11:30> ⑪津久井川沿いのハイキングコース<11:50> 「キャベツ」や「かぼちゃ」らしき畑の横を通る道。 休日にも関わらず、2時間15分のハイキングで出会った人は6人足らず。 のんびり出来た休日となった。 以上...

七里の渡跡散策

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◇七里の渡跡散策(三重県桑名市) 2015年11月12日(木)薄曇り 近くまで来たので、三重県桑名市の七里の渡跡(しちりのわたしあと)を散策した。 七里の渡しは宮宿(名古屋市熱田区)から桑名宿までの、旧東海道に二か所ある海上路の一つで、移動距離が七里であったことに由来するという。(もう1か所は浜名湖の今切の渡し) なお、 2019年4月3日に「旧東海道28_万場-桑名(佐屋街道)」を歩いた時に改めて訪れている。 https://yukkuriarukou.blogspot.com/2022/11/blog-post_21.html 当日は早朝に桑名駅を出発し、次の地図の緑→赤→青の経路で散策した。 この中の赤の経路が旧東海道を再整備された道路。 桑名駅を出発したのは朝6時50分。 最初の目標の鍛冶町の標識(地図の①)に向かう。 ちょっと分かりにくく、近くで少し迷ったが、7時5分には到着。 ①鍛冶町の標識<7:05> ここから旧東海道を「渡し」に向かって北上する。 旧東海道はベージュ色の舗装路に整備されていて、途中にはちょっと大きな仏壇屋や石屋があるのが目立った。 曲がるところにくると次のような東海道の標識があった。 ②途中の標識<7:09> 少し行くと、「歴史を語る公園」に出るのでそこで左折。 道に沿って整備された小公園で、中には江戸日本橋から京都三条大橋に至る東海道五十三次をモチーフにしたミニチュアが設置されている。 ③「歴史を語る公園」の横の道の紅葉<7:12> そのまま真っ直ぐ進むと、渡し場跡に出る。 ④七里の渡し跡の標識<7:19> 写真では木に隠れて分かりにくいが、右端が大鳥居で、これより伊勢路に入ることから「伊勢国一の鳥居」と称され、伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えられていたそうだ。 ⑤七里の渡し跡の案内板<7:21> 写真の左に見える城のようなものは蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)。 桑名城の櫓の一つで、航海安全の守護神としてここに置かれ、東海道を行き交う人々が必ず目にする桑名のシンボルだったとか。 帰ってから調べて知ったのだが、旧東海道の中で旅籠屋数の最も多いのは宮(熱田)で、幕末頃には 248 軒あり、次いで多いのは桑名宿の 120 軒だったとか。 なお、この場所と川岸の間には新しい堤防が建てられて...

熱田神宮参拝

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◇熱田神宮参拝 2016年10月4日(金)晴れ 名古屋まで来たので、熱田神宮を参拝した。20数年ぶり。 三種の神器の 1 つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る神社として知られ、織田信長が桶狭間の戦いの前に戦勝祈願したことでも有名。 名鉄の神宮前駅に着いたのが8:35。境内の中や外、合わせると 43 社が祀られているとのこと。全部は回れないので、本宮と別宮にお参りをして、のんびりと散策をして、JR熱田駅に戻ったのが9:15。 平日の朝なので、ほとんど参拝客は見られず、うっそうと木々が茂った境内で荘厳な雰囲気に包まれて、なんだか心が清められたような気分になった。   二十五丁橋。二十五枚の御影石が使われており、ふっくらと盛り上がった太鼓橋。 西行法師がこの橋に腰掛け「これほど涼しいこの宮を、だれが熱田と名をつけた」と詠んだと伝わる。( 1118-1190 年) 弘法大師が手で植えたとされる「大楠」 信長が桶狭間の戦いで勝利したお礼で寄進した「信 長塀」   以上 **〖 前画面に戻る 〗   **〖 メインメニューに戻る 〗 

興津坐漁荘見学

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◇興津坐漁荘見学 2017年4月1日(土)小雨 近くまで来たので、興津坐漁荘 (おきつ ざぎょそう)を見学した。 ちなみに興津はJR東海道本線の清水駅の隣。 坐漁荘は、戦前2度にわたり内閣総理大臣も務めた西園寺公望(さいおんじ きんもち)が、70歳のとき大正8年( 1919 年)に建てた老後のための別荘。しかしその政治的な影響力はずいぶん大きかったようで、「興津詣で」と称されるほど、政府要人の訪問が後を絶たなかったとか。 なお、当初の建物は「博物館明治村」に移築されており、現在の建物は、移築時に作成した図面をもとに復元されたもの。   興津駅に着いたのが10時20分。そのまま国道1号線を15分ほど歩くと到着。 なかなかりっぱな建築で、しかもまったく傷んでおらず、綺麗な状態での和風建築の職人技の美しさが楽しめる。 ただ、特別に珍しい作りというものではなく、また特別に大きいというわけでもなく、やはり、歴史的な位置付けが一番の価値であろうと思う。 なお、こうした建物としてはめずらしく入館料無料。中には多くに資料も展示され、戦前の歴史的な気分に浸るだけでもなかなか面白い。 行く途中にあった興津宿公園 国道1号線に面した坐漁荘の入口 昔はすぐ傍が海岸で、庭から三保の松原が見えたとのことで、そんな写真も展示されていたが、今は海岸線沿いの高速道路が視界を遮っていて、そうした趣はまったくない。 帰りは、通り沿いにあった清見寺(せいけんじ)の玄関先を通って駅に戻った。 以上 **〖 前画面に戻る 〗   **〖 メインメニューに戻る 〗